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 舞子焼に関する考察(第9回兵庫の焼物展)
 
          前回の雲雀丘焼に関する考察に続き、今回は舞子焼です。
本来なら舞子焼を考えるに前に源流である明石焼を考察しなければいかないのですが、残念ながら当店には古い明石・朝霧が殆ど有りませんので、舞子焼に関する考察となった次第です。

幕末明治の殖産事業で始められた焼物の殆どは唐物写しですが、舞子焼の特徴は木灰釉の地に点々模様、殆どが手捻りで、イッチンで歌を記した物が多く見られます。
明石・朝霧の古いところは京焼写しが多いのですが、その流れとは一線を画しています。
舞子焼特有のような気もしますが何処の焼物を真似たのでしょうか。
相馬焼が似たような技法のような気もしますが・・・。 
忙しさにかまけて考察になっていませんが、気になったことを記して、皆様の考察に期待する次第です。


イッチン書きで書かれている唄の参考に、舞子にちなんだ歌各種

 柿本人麻呂

  ほのぼのと明石の浦の朝霧に島隠れ行く舟をしぞ思ふ

 1688年 松尾芭蕉が西国の旅に出て、明石海峡の景観を句に残しています。

  かたつむり  角ふりわけよ  須磨明石

昭和11年に明治天皇の舞子の御製(短歌)の石碑が建立されました。

   はりまかた 舞子の浜に 旅寝して 見し夜こいしき 月の影かな
   あしたつむ 舞子の浜の 松原に 千代をやしなう 処なりけり
   はりまかた 舞子の浜の はま松の 加けは遊ひし 春をしそ思う


 山陽線唱歌 汽車

5.須磨の関屋は何方ぞ こたえぬ松の風さむく 吹くや須磨寺一ノ谷 寿永の夢の跡弔わん

6.うしろは名高き義経が 鵯越(ひよどりごえ)の逆落し 栄華に誇る平軍を 全敗せしめし古戦場

7.松露ほる子の影みゆる 舞子の浜の松林 木の間に霞むは淡路島 みやげになるは舞子焼

8.すみゆく月の明石には 人丸神社明石城 春は人出も大久保の 梅林近く見つつ行く



近くの陶器屋に注文を出したであろう舞子ヶ浜の高級料亭

「亀屋」「萬亀楼」「左海屋」                         

    
取り敢えず明石近辺の焼物を列記してみました。

明石焼 1. 元和8年明石藩初代藩主小笠原忠政が御用窯開窯、京より野々村仁清を
    招き戸田織部之助作陶
2. 寛永2年藩主転封とともに明石中谷山に移窯?
3. 江戸末から日之出工業株式会社昭和40年迄増岡国夫
明石錦泉窯 大正9年開窯葭原焼の窯を借りて焼き始めた白水熊吉(盲人)二代孝次 昭和32年閉窯
朝霧焼 1. 天明頃―天明以後明石奉行手塚孫一郎が摂津の吉向治兵衛を迎え
    山崎菊太郎焼成?
2. 文化11年寺岡磯次郎が大久保町松蔭新田にて登り 窯開窯・寺岡治郎兵
    衛・寺岡源次郎と続く。
3. 九代目戸田秋嶺本名清太郎号凌雲軒一芳 人丸町・東仲之町2−3
    明治10年―昭和17年
朝露焼 天保6年 次郎兵衛
魚住焼 明治13年 西海音助が魚住町中尾にて開窯大正10年閉窯
春山焼 有馬春山本名市太郎義利が須磨大手町の邸内に築窯 吉向窯5代目松月を招く
須磨焼 1.  江戸後期 気海?
2.  明治35年直井与吉が山陽電鉄須磨駅の近くに築窯10年ほどで閉窯
     清水六兵衛の弟子東佐に師事・明治末に坂井豈山が現須磨寺町2の自宅
     に築窯昭和9年死亡 西月 児島宗行
鷹取焼 明治40年頃 武井伊右衛門が自邸内に築窯 戸田秋嶺を招く
人丸焼 江戸末―明治 富永種治郎(淡路の福良でコウチを修行)が現大倉町8丁目にて開窯・吉田平吉・泉兵次郎
鵯焼 幕末頃京善の藤田積裕が神戸市兵庫区下沢1丁目築窯
ほのぼの焼   
舞子焼 1.  唐宮
2.  北古村の木津屋 寛政年間明石郡山田村衣笠惣兵衛子百太郎
   天保年間高田槌之助明治27年死亡
   子千代松JR舞子駅西の線路より南側の窯
     大正3,4年頃まで 5年に山陽電鉄西舞子駅北大正末 神出町北古

3.  三国久八文化7年明石市大蔵谷八幡町文政3年鉄砂を使い始める
     三国弥吉・三国茂三郎・木津屋唐宮・酒井勘右衛門・白水豊吉・北条和吉
     (明石駅南の樽屋町)・横山勘左衛門・荒尾平介・久保市右衛門・石谷秀吉
利平焼 天正年中茶園場の破的場にて焼成土洲の人利平(紀太利兵衛?)
葭原焼 明治始白水屋俵次郎が元明石藩の舟入場であった所に開窯

陶印色々


舞子焼には豊富な銘が有ります。
これらは窯が違うのか、同じ窯なのに作者により銘を替えたのか、製品により銘を替えたのか、時代で銘が替わったものなのか、また一つの製品に「まいこ」と「人丸」二つの銘がある場合はどうなのか、疑問は尽きません。

舞子方円・舞子和風軒・まいこ・まひこ・東陶軒・朝霧宗平・舞子宗平・市平・赤石市平
明石・明浦山・明石妓濱・明石湊・明石浦・赤浦其日菴・朝霧・柳枝・ほのぼの・人丸・須磨・スマ・スマ気漸・西月・松斎

人物一覧

荒尾清(明治28−昭和37) 荒尾重太郎 荒尾平介
石谷秀吉(明治16−昭和18) 石本初太郎(明治1−昭和7) 泉平次郎(明治6−昭和20)
久保市右衛門 久保直太郎(明治7−大正11) 木津屋唐宮
衣笠某 衣笠宗兵衛 剤田弥太郎
酒井勘右衛門(嘉永6−明治40) 佐久間房吉(明治10−昭和23) 白水熊吉(明治6−昭和26?)
白水孝次(二代目孝次)? 白水豊吉 高田千代松(明治4−昭和20)
高田槌之助(−明治27) 戸田秋嶺(明治10−昭和17) 富永種治郎
中部寅次郎 西海音助(嘉永5−昭和6) 肥塚庄作
北条和吉(嘉永4−大正8) 増岡国夫 三国久八
三国茂三郎(−明治37) 三国弥吉 三宅元治郎(−明治33)
物延岳之助(−明治32) 物延弥宗エ門 山中源蔵(慶応2−昭和11)
横山勘左エ門(−明治20) 吉田久吉(明治3−昭和7) 吉田平吉(−昭和19)
米村元吉(安政6−大正12)

高田千代松は、舞子にあった有栖川宮威仁親王の別宅への出入りを許されて指導した。
親王は舞子焼を愛用され、その功により「和風軒」の称を賜った。

舞子焼 写真
写真1頁 写真2頁 写真3頁
写真4頁 写真5頁 写真6頁

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TEL:0798-54-5258  
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